−ジミヘン万歳!−という悲痛な叫び
むし好きな皆様のホームページを拝見し採集記など読ませていただくと、皆様はどんどん遠方へ 出かけて行き、珍しい虫たちをどんどん採集している。とても羨ましい・・・
私はそういう採集方法がどうもできそうにない。皆さんいったいどうやって時間を捻出しているのだ ろうか?いや、恐らく私でも時間は作ればあるのだろう。何故それをしないのか?これは偏に私のしょうも ない性格によるのだ。
休日があるとする。さあ今日は何しようか?と考えた時、自分で自分自身の採集に気兼ねなく割り当てられる 時間はせいぜい2〜3時間。それ以上になると自分自身の中で何かが破綻してしまうような強迫観念が あって落ち着けない。と言ってそれ以外の時間を有意義に過ごしている訳ではないのだが。まあ基本的に出不精 なのだろうか?何故か自分自身で自分に足かせをはめてしまうのだ。 だから出掛けるのは精々裏の山、時間にして2時間半程度ということになってしまう。
カミキリを始めて「ジミヘン」という言葉によくぶつかる。「ジミヘン」といえば私の世代ではギター の鬼才「ジミ・ヘンドリックス」である。カミキリとジミヘン・・・なんで結びつくのかが最初は良く 判らなかった。まさか彼が「かみきりむし」好き・・・な訳がない。よくよく考えてみるとどうやら 採集記録などのうち、ご近所やら比較的良く採れるむししか採れなかった採集記録、いわゆる「地味な記録編」 のことらしいことが判った。ただし「かみきり」研究にはこの「ジミヘン」が大切なことらしい。 言ってみればこの地味な作業の積み重ねの上に今日のかみきり界があると言っても過言ではない。うん、 説得力がある。
実はこれ、私の今の採集スタイルそのものではないか?そう思い始めて気が楽になった。山へ通うときも 自信を持って通える。地味かもしれないがこれはこれで、何か意味があるのだ。そう思えば自分のや っていることにひとつの方向性、意義付けができたような気がした。また先に記した 「大阪府のカミキリムシ」との出会いもその気持ちに一層の裏づけを与えてくれたのであった。
今私は、自信と喜びを持って裏山へと通える。やっと自分の安住の地を得たという感じだ。そう思って通うと 結構この山の昆虫相だって奥が深いことに気づく。次から次へと面白そうな場所も発見できている。 来シーズンもきっと何か新しい出会いの期待に胸を躍らせ、「ジミヘン」という言葉に慰められながら 私は裏山へと通うであろう。

しっかし、遠征したいなぁ。1日中虫採りしてみたいなぁ・・・(T.T

というか、単に楽しきゃそれでいいんだけど・・・趣味だからさ(^^;



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